はじめに
日本の介護現場は、慢性的な人手不足や事務作業の煩雑さといった問題に直面しています。とくにスタッフ数や予算の限られた小規模事業所では、「日報作成が追いつかない」「夜間の見守りが負担になっている」といった声をよく耳にします。
こうした課題を解決する切り札として、近年「介護DX(デジタルトランスフォーメーション)」が注目を集めています。介護DXとは、ITツールやロボット、センサー、AIを活用して現場を効率化し、スタッフがより利用者ケアに専念できる体制を整える取り組みです。
本記事では、小~中規模事業所でも導入しやすい介護DXツールを大きく4つのカテゴリに分けてご紹介します。また、意外と見落としがちな「DX導入前に整えるべきインフラ」についても解説しますので、これから検討する際の参考にしていただければ幸いです。
DX導入前に整えるべき“土台”
パソコン・タブレット・スマホの環境を整備
デジタルツールを使おうとしても、事業所内のPCが古くて起動に時間がかかる、あるいはスタッフが共有で1台しか使えない――こうした状況では業務効率化どころか作業が逆に滞ってしまいます。最低限、以下の点をチェックしてみてください。
- OSやブラウザは最新に近いか Windows 10/11、最新ブラウザ(Chrome・Edgeなど)に対応していることが望ましいです。
- スタッフが同時利用する台数の確保 日勤帯で何人が記録業務を行うのか、スマホやタブレットは事業所貸与なのか私物利用なのかを明確化しておきましょう。
- セキュリティ対策の設定 機器のログインパスワードやウイルス対策ソフト、OSアップデートの管理などを行い、個人情報が漏れない仕組みを作る必要があります。
インターネット・ネットワークの品質を見直す
介護DXツールの多くはクラウド型のサービスを利用するため、ネットワーク環境が脆弱だと導入効果が半減します。夜勤スタッフも含め、複数人が同時に接続してもストレスなく動くことが理想です。
- 光回線+安定したWi-Fiルータ 施設の広さや構造によっては、部屋ごとにWi-Fiが届きにくい場合もあるため、中継器や有線LANとの併用も検討しましょう。
- 情報保護のルール作り パスワードの定期変更、外部からの不正アクセスを防ぐファイアウォールの導入なども大事なポイントです。
インカム・ナースコール連携などのコミュニケーション基盤
スタッフ同士の連携をスムーズにするため、インカムやナースコールシステムの充実も見直してみましょう。
- インカム 移動しながらでも連絡を取り合えるため、広いフロアでの呼び出しや緊急対応に便利です。
- ナースコール連携 ナースコールが鳴ると同時にインカムで通知が飛ぶ仕組みなどを整備すれば、スタッフがいちいちナースステーションへ戻らなくても状況を把握できるようになります。
こうしたインフラ面が整備されていない状態でいきなりDXツールを導入すると、「使いこなせない」「システムが重い」といった不満が蓄積し、結局紙運用に戻る事態になりかねません。まずは“土台”づくりを念入りに行っておくことが成功の鍵です。
介護DXツールの主要4カテゴリ
ここからは、実際に現場で活用できるDXツールを4つのカテゴリに分けて紹介します。それぞれ特徴や導入コストが異なりますので、自社の課題と照らし合わせながらご覧ください。
介護記録ソフト
日々のケア記録や利用者データ、介護報酬請求業務、スタッフのシフト作成など、多岐にわたる“事務作業”を効率化するのが介護ソフトです。クラウド型のサービスを選べば、いつでもどこでも複数人が同時にデータを閲覧・入力できるようになります。
代表的なソフトウェア例
- カイポケ ケア記録や請求業務を効率化するクラウド型サービスで、タブレットやスマートフォンでの記録入力が可能です。国保連への伝送請求や経営支援機能も充実しており、全国で50,400以上の事業所に導入されています。
https://ads.kaipoke.biz/ - ほのぼのNEXT ほのぼのNEXT: ケア記録や請求管理を効率化し、直感的な操作性とクラウド対応で安心・便利な業務運営を実現します。業界トップシェアを誇り、多くの介護事業所で信頼されています。
https://www.ndsoft.jp/product/next/ - トリケアトプス 現場の声を反映して開発された介護業務支援ソフトで、使いやすい画面設計とリーズナブルな料金体系が特徴です。最低220円からの従量課金制で、コストパフォーマンスに優れています。
https://www.tricare.jp/
導入メリット
- 紙の日報やExcelの転記作業が減り、スタッフの残業削減が期待できる
- 利用者情報が一元管理されるため、引き継ぎミスや重複入力が減少
注意点
- スタッフのITリテラシー向上が欠かせない
- 月額制の場合でも人数やオプションで費用が変動するため、試算が必要
IoT・センサー系ツール
転倒や離床を検知するセンサー、利用者のバイタルや行動をモニターする見守りシステムなどが、このカテゴリに含まれます。夜間巡回の効率化だけでなく、万が一の異常を早期発見してスタッフに通知するなど、安全管理にも大きく貢献します。
代表的なツール
- 眠りSCAN ベッドマットレスの下に設置して、利用者の睡眠状態や呼吸、心拍数をモニタリングします。データはリアルタイムで確認でき、睡眠の深さや離床のタイミングを把握することが可能です。これにより、夜間の巡視頻度を削減し、介護スタッフの負担を軽減します。
https://www.paramount.co.jp/series/2/2000061 - LASHIC-care AI技術を活用したセンサーが利用者の行動や居室内環境を検知します。転倒予測や離床の兆候を把握し、早めに対応できるのが特徴です。スタッフはスマートフォンやタブレットを使ってデータを随時確認でき、遠隔からの効率的な見守りが実現します。
https://lashic-care.jp/ - ライフリズムナビ 利用者の心拍数や呼吸数、体動を測定し、異常があれば即座に通知する仕組みを提供します。蓄積されたデータは介護記録の効率化に役立つだけでなく、家族や医療従事者との共有を通じて、より質の高いケアをサポートします。
https://info.liferhythmnavi.com/
導入メリット
- 夜勤体制をコンパクトにしながらも利用者の危険を察知しやすい
- 一部のセンサーは介護記録ソフトと連携し、自動記録が行えるケースも
注意点
- 設置やネットワーク配線に手間や工事費がかかる場合がある
- 端末ごとに月額保守費が発生することもあり、コスト試算を慎重に行う必要あり
介護ロボット・パワーアシストスーツ
介護ロボットやパワーアシストスーツは、高齢者の移乗や歩行をサポートしたり、スタッフの腰痛リスクを軽減したりする役割を担います。人手不足が深刻な現場では、スタッフ一人ひとりの負担を下げる手段として検討されるケースが増えています。
代表的なツール
- マッスルスーツEvery マッスルスーツEveryは、株式会社イノフィスが開発した非電動型のパワーアシストスーツです。このスーツは空気圧式人工筋肉を搭載しており、最大で25.5kgfの補助力を発揮します。電力を使用しないため、充電不要で、屋内外を問わず幅広いシーンで活用可能です。水や湿気にも強く、介護現場での移乗作業や物品の持ち運びに最適です。
https://musclesuit.co.jp/ - ロボットアシストウォーカーRT.3 RT.ワークスが提供する「ロボットアシストウォーカーRT.3」は、高齢者やリハビリ中の利用者が安全に歩行できるよう支援する歩行支援ロボットです。特に坂道や不整地など、移動が困難な環境での補助に優れています。また、見守り機能や歩行データの記録・分析機能を搭載しているため、利用者の状態を遠隔で把握することも可能です。
https://www.rtworks.co.jp/product/rt3.html
導入メリット
- 物理的に重い利用者の介助を少人数でも安全に行える
- スタッフの身体的負担が減り、腰痛・離職リスクも軽減
注意点
- 1台あたり数十万〜数百万円と高額になりがち
- 補助金や助成金を活用できる場合もあるため、情報収集が重要
AI・チャット活用ツール
ChatGPTのような大規模言語モデルを使い、日報や各種記録のドラフト作成を自動化したり、よくある質問への回答を高速化したりするソリューションも登場しています。手書き中心だった書類作成の負担を削減し、スタッフがケアそのものに集中しやすくなる点が魅力です。
代表的なツール
- ChatGPT ChatGPTは、OpenAIが提供する大規模言語モデルを基盤としたAIチャットツールです。介護現場では、スタッフ間の簡易的な情報共有、書類作成支援、利用者のよくある質問への迅速な回答など、多岐にわたる用途で活用されています。自然言語処理能力に優れ、多言語対応も可能なため、グローバルな視点での介護にも適しています。
https://openai.com/chatgpt/ - Gemini Geminiは、Google DeepMindが開発した次世代AIツールで、高度な自然言語処理と生成能力を備えています。医療や介護分野での活用が注目されており、介護記録の要約やレポート生成、データ分析を効率化するためのサポートが可能です。
https://www.google.com/search/about/
導入メリット
- 日報作成や記録のドラフトを自動生成することで、事務作業の負担が軽減される
- 利用者や家族からの質問に迅速かつ正確な回答が可能
注意点
- AIの回答を全面的に信頼せず、スタッフが最終確認する体制を組む必要がある
- 新技術への抵抗感があるスタッフへの説明・研修も欠かせない
比較表:導入コストとメリット・ハードル
下記の簡易比較表では、「主要4カテゴリ+基本インフラ」に関しておおまかなコストと導入メリット、注意点をまとめました。あくまで目安ですので、実際に導入を検討する際は各ベンダーの最新情報をチェックしてください。
カテゴリ | 導入コスト目安 | メリット | ハードル |
---|---|---|---|
基本インフラ (PC/ネット環境等) | 5万円~50万円 (機器台数や回線による) | DXツール導入の土台を強化し、業務全般を効率化 | 機器のアップデートや保守、スタッフへの操作教育など継続的な管理が必要 |
介護記録ソフト | 無料~30万円 (規模・機能で変動) | 記録業務の効率化、情報共有とデータ活用 | スタッフのITリテラシー、操作習得に向けた研修 |
IoT・センサー | 初期導入費30万円~100万円+保守費 (台数・種類で変動) | 夜間巡回負担軽減・危険検知、安全性向上 | 配線・設置工事の手間、月額保守費も発生 |
介護ロボット・パワースーツ | 5万~300万円 (機能で変動) | 移乗や介助負担を大幅に削減、腰痛リスク軽減 | 高コスト、スタッフや利用者が慣れるまでの研修・説明が必須 |
AI・チャットツール | 月額数千円~3万円(クラウド型が中心) | 書類作成の時短・定型業務の自動化、問い合わせ対応の効率化 | AIの精度検証やスタッフ教育、最終チェック体制の確立 |
導入時のポイントと注意点
- 事業所の最優先課題を明確にする 記録業務の削減を急ぐのか、夜間見守りの負担を減らしたいのか、人手不足を補うのか――まずは経営者や管理職が何を最重視するかをはっきりさせましょう。そこから逆算すれば、導入すべきツールの優先度が見えてきます。
- 補助金・助成金の活用を検討する 介護ロボットやICT化支援に関する補助金・助成制度は国や自治体、業界団体などが多様に展開しています。条件を満たすことで大きくコストを下げられる可能性があるため、情報収集は念入りに行いましょう。
- スタッフ教育と運用サポートを重視する どんなに便利なシステムや機器を入れても、現場が「使い方がわからない」「機械操作が怖い」と萎縮してしまえば成果は出ません。ベンダーによるオンライン研修、マニュアルの整備、問い合わせ窓口の有無などを事前に確認し、運用サポートをしっかり確保しましょう。
- 段階的な導入で効果を検証する いきなり高額なロボットや複数のセンサーを一括導入するのではなく、まずは記録ソフトやAIツールなど比較的費用対効果が高い分野から着手するのも手です。徐々に成果を積み上げながら拡大すれば、スタッフも抵抗なく馴染んでいけます。
まとめ:土台を整え、優先課題から着手する
介護DXの領域は幅広く、「何から手を付ければいいか分からない」という声もよく聞かれます。ただし、まずはPCやネットワーク、コミュニケーション基盤などを整えたうえで、事業所の最優先課題を解決できるツールを1つ導入してみるだけでも、現場の負担軽減やスタッフの意識改革が期待できるでしょう。
特に小~中規模の事業所であれば、高額投資には慎重になりがちですが、記録ソフトやAI支援など比較的安価な分野から試してみて、成果を実感した後に拡張するのが現実的です。自治体や国の補助金、ベンダーの導入サポートを積極的に活用することで、コストや運用負担を抑えながら取り組める可能性も大いにあります。
もし具体的なプランや補助金申請の進め方などでお困りの場合は、専門家や支援事業者に相談するのも一つの手です。事業所の規模や現場の声を踏まえたカスタマイズ提案が受けられれば、導入後の定着率も高まりやすくなります。DX化の先にあるのは、スタッフが「本来のケア」にさらに集中できる環境づくり。介護現場に携わるすべての方が、より質の高いサービスを届けられるよう、一歩ずつDXを進めてみてはいかがでしょうか。
◇ ご相談・お問い合わせはこちら ◇
- 「自社の課題に合わせたDX導入プランを相談したい」
- 「補助金や助成金の申請手順を詳しく知りたい」
- 「クラウド型の記録ソフトとAIツールをセットで導入したいが、具体的にどう選べばいい?」
こうした疑問をお持ちの方は、ぜひお気軽にご連絡ください。現場目線のヒアリングを通じて、最適なステップや導入方法をご提案いたします。
以上が、小~中規模事業所でも比較的導入しやすい「主要な介護DXツール」の概要と、導入前に整えるべきインフラのポイントでした。皆さまの現場がより効率的になり、スタッフが笑顔でケアに取り組める体制づくりに役立てていただければ幸いです。